2007年06月03日

とある宿屋での風景 -その1-

「新たな遊戯道具を入手した」
「何だそれは」
「東国の遊戯道具で麻雀と云う」
「ほう、麻雀」
「四人でテーブルを囲み、百三十六枚の駒を組み合わせるのだ」
「ほう」
「そして組み合わせによって役という物が作られる」
「──役」
「そう、役だ。役には様々な物がある。大きな役を作れば勝利はより近くなるだろう」
「そのような大味な遊戯、果たして面白いのか」
「面白いさ──」
「しかし」
「大きな役だけではなく、小さく簡単な役もある。役は大きくなればなるほど作るのが難しい」
「その殆どは運が絡んで来るのではないか」
「運だけではない。実力も相応に必要だ」
「俺はその遊戯を知らんのだぞ」
「では麻雀をやらぬのか?」
「やらぬとは言っておらん」
「ならばやるか」
「うむ」
「やろう」
「やろう」


 そういう事になった。

 そもそもの切欠は、宿の従業員が東国から訪れた商人にこの道具一式を売りつけられた事にある。
 ご丁寧にそれ専用のテーブルもつけて、しめて金貨三十枚。遊戯道具一つにこれは少々やりすぎだ、と宿の従業員の一人であるセレナは台帳を見ながら思っていた。
 性質の悪い商人は、大した事のない物を高く売り付ける。今回もその類のものではないのか、と。
 商人曰く、この道具には象から切り出した牙と東国の竹と呼ばれる素材が使われているのだそうだ。特に象の牙が貴重品だという。
 これらの素材で作られたものは手入れをきちんとすることで半永久的に使える、とも言っていた。良い物は長く使えるからこそ高い。そういう事だろう。
 それでも、やはり遊戯道具に金貨三十枚はどうかと思う。しかしせっかく買ったもの。使わなければ損だろう。幸い個室が一つ空いていたので、ロビーに居た知己を誘い遊ぶ事になった。
 順位をつける事が出来るこのゲーム、ただ遊ぶのではつまらない。最下位には罰ゲームを行ってもらう。細かなルールはさておいて、まずはやってみる事になった。

 ロビーに居たのは五名。それと以前の知己を一時的に呼び寄せて、交代交代でゲームを行う。
 ルールを確認しつつ、数回ゲームを行ってから本格的に罰ゲームありの賭けゲームへと移行した。
 ゲームの初めに配られる点数をゲームの流れでやりとりし、最終的に点数が一番低かった者が罰ゲームの対象となる。
 罰ゲームの内容は明かされていない。ちなみに罰ゲームを用意したのは店の従業員である冒険者上がりの中年女性だそうだ。
 女性であるからして、所謂「程々に」な罰ゲームではないだろう。

 ゲーム開始。「牌」と呼ばれる駒が音を立てる。個室ではなくロビーで行ったなら間違いなく迷惑となるだろう。
 沈黙と共に、牌の音が部屋に響く。なんとも言えぬ緊張感。周囲の気温が間違いなく三度は上がっていた。
 付け焼刃の用語が飛び交い、やりとりする点数の大小で悲鳴を上げながらも暫しの後。

「……点数……無くなっ、ちゃった………」

 卓を囲んでいたメンバーのうち一人、アリア=ラフェル(390)の点数がマイナスとなった。
 このゲームは誰か一人の点数がマイナスとなった時点でも終了する。そして当然マイナスとなった者が最下位となるのだ。

 即ち、アリア罰ゲーム決定。

 助けを求める声も虚しく、アリアはどこからともなく現れた歩行雑草の群れに外へと運び出されてしまった。その様子は生贄を抱えてゆく魔族か、あるいは餌を箱出行く蟻か。いずれにしろ、見ていて気持ちのいいものではない。
 強制退場させられたアリアに代わり、敵討ちとばかりにペアの片割れであるエルク=フィーゼル(52)がゲームに加わった。
 ルールは同様。八度の区切りを終えた時点での点数によって罰ゲーム対象者が決定される。

 第二ゲームの犠牲者は、セレナだった。
 ゲームが決着した直後、罰ゲームを終えたアリアを運んで来た歩行雑草がそのままセレナを連れ去った。
 アリアはただしゃくりあげるだけで、罰ゲームの内容について語ろうとはしない。余程恐ろしいことがあったのだろう。
 泣きじゃくるアリアとそれを慰めるエルク、そして罰ゲーム要員であるセレナがゲームから離脱し、人数が不足した。仕方が無いのでセレナが戻る、あるいはアリアが回復するまで一時休戦、という事になった。

 アリアへの精神的なダメージは相当なものだったようで、彼女が復活したのはセレナが罰ゲームから戻ってからだった。
 罰ゲーム帰り、憔悴した様子で足元すら覚束ない状態でセレナは語る。

「あれは………もう、やだ」
 
 曰く、緑の筋肉にもみくちゃにされた。
 曰く、耳元で延々とモッサモッサ言われた。
 曰く、あの分厚い唇が目の前まで迫って来たetcetc...

 これらを受けて平然としていられたら私はその人を尊敬する、とげっそりした表情での説明を受け、全員が固まった。
 罰ゲームだけは回避しなければならない。もう必死である。その後も最下位が罰ゲームを受けては別の者が参戦し、ダメージから回復した者がまた交代するという繰り返し。
 結局そのゲームは丸一日以上続き、罰ゲームによるダメージと寝不足によって会場となった個室は死屍累々の地獄絵図となっていた。
 そんな彼らを発見した宿の従業員は、この遊具の封印を決めたという。


 だが、その遊具はまだ宿のどこかに眠っている────
posted by Altair at 04:20| Comment(0) | とある宿屋での風景
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