燕子花清明(313)さん、シルフィ・ウィンドウォーカー(143)さんをお借りしました。
お付き合い頂きありがとうございました!
昼は書ききれませんでした……(喀血)
夏の夜は訪れが遅い。
夕暮れは長く、まだ日が落ちたばかりのこの時間であっても海岸にまだ人は居るようだった。
夕食を兼ねて夜の散歩に出た私は、昼間より冷たくなった風を感じながら海岸沿いを歩いていた。
花火と呼ばれる東洋の遊びに興じる者、砂浜に寝転がり星空と波の音を楽しむ者。
それらの中、ふと気になる人影を見つけた。昼間、海岸で目を引いた黒と白の髪を持つ女性。
そして、彼女に支えられるように歩いているもう一人の女性。
支えられている側の人物は、体調を崩しているのだろうか?このまま見過ごすのも気分が悪い。手を貸す事にした。
「お連れの具合が悪そうだが大丈夫かね?この先に休める所がある筈だが」
遠目では解らなかったが、昼間の水着姿とはまた違う涼しげな格好をしているようだった。
連れの女性は何と言ったか、東洋の夏着を着こなしていた。こちらもまた別の涼しさを感じる。
「あ、昼間の……。ご親切に有り難う御座います。宜しければ、ご一緒して貰えると助かるのですが……、シルフィさん大丈夫ですか?」
「ぅ、んー……大丈夫ですよー……あ、どうぞどうぞ。誰か知りませんけど」
連れの女性はシルフィと云うらしい。
構わないと承諾し、反対側へと回って肩を貸すと、黒髪の女性は幾分か楽になったようで、ふうと一つ息をついた。
此処から目的の場所──昼間、氷を頂いた海の家──まではそう遠くはない。
まずはそこへ行き、身体を落ち着けるべきだろう。
海の家は程々に盛況で、食事をする者、酒を嗜む者で席の多くは埋まっていた。
出来るだけ静かな所が良いだろう。そう考え、空いている席を見回すと、丁度良い具合に奥の一席が空いていた。
他の客の邪魔にならぬよう、慎重にその席まで移動し、腰を落ち着ける。
シルフィと呼ばれた女性は相変わらずぐったりとしていたが、給仕に向けて告げた言葉はどう聞いても酒だった。
体調が悪いのに酒とは、平気なのだろうか。そうは思ったが、本当に無理ならば飲みはしないだろう。
私は合わせてトマトとチーズのサラダ・白ワインを告げ、黒髪の女性は茶を告げた。
「さっきは有り難う御座いました。後、昼間も声を掛けずに申し訳ありませんでした。ええと……、俺の名は燕子花 清明と。清明の方が名になります。宜しくお願いします」
一通りの注文を終えた後、黒髪の女性──清明君はそう告げた。
昼間の出来事については詫びられる事も無いとは思うのだが、彼女の流儀ではああいう場面では挨拶の一つも交わすのが筋なのだろう。
この島は様々な人種が集まる。当然、その数だけ文化や仕来りがあって然るべきなのだ。
「うむ、丁寧にありがとう。私はアルテアという。アルテア・S・レイフロストだ。昼間の件は連れもあったのだろうし、気にする事でもないさ。お連れの名前も尋ねて良いかね?」
「あ、ご丁寧に。シルフィとかいいますです、よろしくですよー」
「清明君にシルフィ君か。よろしく見知り置き願おう」
それぞれに自己紹介を終えた所で、丁度良く注文の品が配膳され始めた。
まずは飲み物から、次いで私の注文したサラダがやって来た。そして手の空いた給仕に清明が刺身の盛り合わせを告げ、去った後軽くグラスを掲げて挨拶とした。
少しづつ嗜む私とは対照的に、シルフィ君はまるで水でも飲むかのように酒を口にしていた。
余程酒が好きなのか、或いは酒に強い体質なのかは解らないが、先ほどまで体調が悪そうにしていた者とは思えない飲みっぷりに二人で呆気に取られていた。
とはいえ、やはり私よりも清明君の方がそのリアクションは解り易かったらしい。
「……飲みます?」
「あ、俺は酒類は苦手なんで…このお茶で大丈夫ですよ!嗜む位は出来た方が良いとは思うのですけど」
シルフィ君は我々の様子を「呆気に取られている」のではなく、「やはり酒を飲みたい」と受け取ったようで、酒の入ったグラスを掲げ言う。
言葉を向けられた清明君は、酒が苦手であるという事を少し気恥ずかしげに告げ、茶の入ったカップ──東洋では湯呑みと呼ばれているらしい──を手に取った。
酒が苦手というのは良くある話だ。そういう者に無理に酒を飲ませると、トラブルを招きかねないというのも良く解っている。
「それにしてもシルフィ君は酒が好きなのだね?ずいぶんと体調が悪そうだったが、平気なのだろうか」
先ほどから考えていた疑問を投げかけてみる。体調不良の原因が二日酔いならば良し、そうじゃないのなら程々で止めるべきだろう。
だが、返ってきた言葉は意外な物だった。
「んー、蛇はそういうものだと思います、よ?……おいしいのに。」
「確かに俺の故郷でも蛇の一族の方達は酒好きが多いと聞きますね」
蛇。つまり、彼女は蛇の化身という事なのだろうか。この島には様々な種族が訪れる。その中にあって、確かに彼女のような存在が居てもおかしくはないだろう。
この言葉に対し、メニューを手にしながら平然と続ける清明君は、彼女の出自を知っているらしい。やはり、この島は異種族・人外に対して随分と優しいと思う。普通ならば追われてもおかしくはないのだから。
「ほう、蛇。君は蛇の化身か何かなのかね?」
「ちょっと違うんですけど、大体それでいいと思いますよ、うん。蛇はお酒好きなものです。……あ、なんなら戻ってみましょうかー?」
「いや、ここで戻ると騒ぎに……ならんか。この島では良くありそうだ。とはいえわざわざ戻る事もないさ」
「そうですね、外にいる時に見せて頂くのはどうでしょう。とても綺麗な尻尾…で良いのかな、なのですよ」
「むー、では今度。場所取るし、屋内でやるのはよくないですしねー……」
騒ぎにならないとはいえ、流石に室内での変態は色々と問題もあるだろう、と思う。
例えば変態した後の衣服だ。人の姿に戻った際、ほぼ間違いなく全裸となるだろう。それは頂けない。
そのような事を考えている私に、シルフィ君は一つ目配せをした。
人差し指を唇に沿え、静かに、というジェスチュアと共に清明君の茶に少量の酒を継ぎ足してゆく。
当の清明君はメニューに目が向いており、気づく様子は全く無く、そのまま酒入りの茶を口にしていた。
そうして暫く飲食を続けている中、私は昼間から気になっていた疑問の一つを清明君にぶつけてみる事にした。
「ところで、その髪の毛は地毛なのかね?昼間私が見ていた理由、そのひとつが君のその髪だったのだよ」
そう、私の目を引いた彼女の髪。濡羽色の黒髪と、それを際立たせる白髪は目立つ。
うっすらと白髪交じりとなるのは人間ならば誰しも当たり前だが、それは大抵ある程度年齢を経てからの話だ。彼女のように、若い時分で房になるほどの白髪が現れるのは聞いたことが無い。
「はい、生まれてからの地毛です。俺の種族じゃ普通なのです。やはり違う色が混ざってるのって珍しいんでしょうか?他の方にも言われる事があるのですよ」
なるほど、どうやら彼女の一族特有のものらしい。
珍しいと感じたのはシルフィ君も同様だったらしく、珍しい、と言いながら一つ頷いた。
「一部が薄い、というのは時々見るが、君のようにはっきりと白髪・黒髪と別れている者は初めて見たな。種族……というと、君も<ヒト>ではないのかね?」
「説明苦手なのですが、基本ヒトと同じ様な物ですよ。寿命が少し長いのと、今は訳ありで出せませんが自分の影を翼に具現出来る位でしょうか。そのせいか影翼族と故郷では呼ばれてますね」
続けて投げかけた私の質問に、特に隠すでもなくあっさりと回答が得られた。
ほんのりと頬を染めながら玉子焼きを口にする様子を見て、シルフィ君が一つ首を傾げる。どうやら、彼女が思っていた以上に酒に弱かったようだ。しきりに酒を注ぎ足していた手を止め、様子を伺っている。
「ほう、影を。それも初めて聞くな……いやはや、色々な種族があるものだ。世界は広い」
「そうですねぇ……普通の有翼さんとは違うので変わってるのかもしれませんね。戦闘の時は出したりするので面倒臭いんですけどね……。アルテアさんは……ヒトの方なのですか?此処は色々な方がいるので少し気になったのですが……」
少し間を置いてから、私に対する質問を投げかける清明君の言葉は随分と間延びしているように思えた。酒に酔った者独特の、ゆったりとした曖昧な喋り。彼女の言葉は、それになりつつあるようだった。
どうやら酒に弱いというのは本当らしい。早めにこの店を出る事も考えるべきかもしれない。
「はは、なるほど。戦闘時に出すと言う事は、それが一種の力の源でもある訳か。……私は、まあ、そうだな。ヒトというのは正しくない。正しくは……」
二人を手招きし、耳打ちするような形で「不死者、だよ。但し純粋なそれではないがね」と言葉を続ける。
私の言葉に対し、一般的に取られるような嫌悪のリアクションはやはり無かった。驚きはあったようだが、それでも、初めて出会ったという興味と、そのような者がやはりこの島にも居るのだという一種の納得の方が強かったように思える。
余り表立って言う事でもないのだ。隠しているが、実は不死者であるという者は私の他にもいるだろう。そのような事を話していると、今度はシルフィ君から質問が投げ掛けられた。
「……ふゅ、不死者とは……この島だと珍しくもないんでしょうけど。また何の原因で?」
不死者になるにはいくつかの要因がある。この質問もある種当たり前の物だ。
それを事細かに語るには長すぎる。一種の事故のようなものだ、と簡潔に答える事にした。
「事故…ですか。強ちそう言う経緯で思わぬ存在になる方も多いのかもしれませんね。場所によっては色々と事情もあるでしょうし…」
「事情は誰にでもあるでしょうしねー。事故でも故意でもなっちゃったものは仕方なし。……んー」
「はは、シルフィ君の言う通りだ。こうなってしまったものは仕方ない。困る事と言えば、普通の人間と同じ生活ができんという所か」
そう、見た目は普通の人間でも、全く同じ生活を送るのは難しい。
何故なら。
「やはり、何かしら違ってくるものなのです?」
「みんな死なないのか、一人だけ死なないのか。一人だけ長寿だと面倒くさいですよねー、やっぱり。」
「私は元は人間なのだよ。そのような中に一人、ぜんぜん老けない者がおったらどうなると思うね?……と、いう事さ。隠居をせざるを得んわけだ。なかなか不便だよ」
「人は異質な者に過敏に反応する方も多いですからねぇ……。一つの所に滞在というのは理解ある場所じゃないと、大変そうれすね」
大分呂律の怪しくなってきた清明君も、何がしかの経験があるのだろう。彼女の言うように、ヒトとは異質なものに対し過敏な反応を見せるのだ。
しみじみと、異質な者に対する反応などを語り合う。
「はは、そうだな。そして、理解のある土地というのはそうは無い。私も素性がバレたら追われる事が多いのさ。宗教によっては、不死者は討伐対象であったりもするからね。ままならんよ」
「討伐対象だったり、研究対象だったり。……どこ行っても禄な対応されないのだけは確かですよねぇ、うん。」
「……ですよねぇ。……俺も普段は翼出しっぱなしなので酷い場合は矢を放たれたりと散々れす……?です?ソレを思えばこの島は居心地良い所ですねー。たのしいなぁ……。あ、後、何かあつくないれす?」
ワイングラスが空いたタイミングで次のワインを注文してくれるシルフィ君に礼など言いながら、人ならぬ者特有の苦労話を展開する。
語り合っている内容はシビアな筈だが、清明君の表情はそれとは真逆のものだった。酒の影響か、楽しそうな、幸せそうな雰囲気で語っていた。
普段探索を共にする者は二人を除いて人間だ。人としての意識を持ち、そして人ならぬ者ゆえの迫害を受けてはいないだろう。
人ならぬ二人とは、そもそもこのような話はしない。ある意味では新鮮な会話だった。
「うむ、そうだね。此処は実に居心地が良い。多くの種族が集まっておるから、差異はただの特徴としか見られん。我々のような者には有難い場所だ……少しつまむかね?」
「居心地がよすぎて困りますけどねー。ほかの場所に行くのが億劫にすらなります……」
ベジタブルスティックのサラダを一人で抱えておくのもどうだろうと思い、二人に勧めつつ語る。
まったく、この島は異質だった。さながら人外の見本市とも言える程人ならぬ者が集まるのも、この島の居心地の良さが最大の要因なのだろう。
「夏だし暑いでしょう……」
「確かに夏場は死にそうになりますね…、今回は仕舞えてある意味らっきー?だったのかもしれません」
しきりに暑いと言う清明君の、その暑さの原因は明らかに酒によるものだった。
その原因を敢えて指摘せず──それはそうだ、混入した本人なのだから──とぼけたように言うシルフィ君につい笑いが出てしまうが、私のその笑いは会話の流れによる自然なものだと思われたらしい。
それにしても、徐々に会話が噛み合わなくなって気がしてきた。そろそろ外に出る事を考えた方がいい、かもしれない。
「はは、この時期は暑くて当然だがね。それでも、暑さ対策を忘れると大変な事になりかねん。あまり暑いと感じるなら、何か冷やした方がいいかもしれんな。いい手はないものか。流石に脱ぐ訳にもいくまい」
「その格好で脱ぐのは確かに……うん。それにしてもあの影、痛覚とかだけじゃなく、保温効果もあるんですねー……それだと仕舞えたのは僥倖ですか。扇子使います?」
「そうですよね…、帰りに浜辺でも歩いて涼んでみます……。うー……と、取り敢ずおしぼり……で冷やします。保温効果も一応……。冬場はよいのですが夏場は……大変ですね。扇子も有り難う御座いますー」
シルフィ君から差し出された扇子で扇ぎつつ、酔いによる曖昧な口調で清明君はそう答える。
この様子を見て確信する。外に出る事を考えるのではなく、外に出るべきだ。早めに夜風に当て、火照った身体を冷やさねばいけない。
「水霊術でも使えればいいのだがね、生憎と得手ではないのだ。……あまり暑いようなら、早めにここを出るかね?海風で涼む方が良さそうだ」
「涼むのはいいですけど。落ちないよう気をつけて、ですよー?あ、扇子は今度返してくれれば…と。いい時間ですしそろそろ出ましょうか。」
「うー……でも、俺……がこんなだし……そうですね……。お二人まで付き合わせてしまって……すみません……。折角のご飯……。」
「ははは、気になさるな。またいずれ機会もあるだろうさ。そうだろう?」
「はい!また機会が有ればまたこうしてお二人とご飯したいです。楽しかったです」
「……なんかやりすぎましたでしょーか、うん。立場逆転というか…なんなら途中まで付き合いますよ?」
「らいじょうぶです!頭が滅茶苦茶、暑いだけなんで!他は特に異常もないので!」
「ははは。では出ようか。海岸までご一緒しよう」
私の提案に清明君は少し名残惜しそうだった。彼女にとっても、私のような不死者を名乗る者との会話は新鮮で楽しかったのだろう。
私にとっても、やはりなかなか無い新鮮な経験だった。また機会を作りたい、と思う。
飲食の勘定をしながら、そのような事を考えていた。
酔いが深そうな割に、清明君は足元が確りとしていた。酒に弱いのではなく、飲み慣れていないだけなのかもしれない。
ゆっくりと3人で雑談などしながら海岸へと歩いて行く。冷やりとした風が心地よい。
「此処で大丈夫ですよー。後は帰りすがらに涼んれ行けそうです。ちょっとさっきよりスッキリしましたし。えっと……今日はお二方有り難う御座いました、とても楽しい夕食になりました!」
この風で彼女の酔いは少しづつ醒めているらしく、海の家を出たばかりの頃よりは随分としっかりとした口調で別れを告げてきた。
この分ならば心配は要らないだろう。少なくとも、足が縺れて海へダイヴ、という事も無いように思えた。
「ぇ、あ、うん……私もたのしかったので、お二人とも、次の機会に?今度はいたずらはやめよう……」
「私も楽しかったよ。何しろ、君たちのような方達と食卓を共にする機会などそうは無かったからね。是非また近いうちにご一緒しようか」
「はいー、またお話してください〜!」
私も二人に対して別れを告げ、そして何れの機会を約束する。手をひらりと振り背を向けると、おやすみなさい、という声が聞こえた。
思えば、この島に来て同行者以外とこうして時間を過ごすのは初めてだったような気がする。
自分が人ならぬ者であるという自覚は必要だが、不必要に距離を作る必要は無い、のかもしれない。