2007年05月13日

明かされなかった話 -二十五日目-

 痛みが身体を苛んでいる。共に蟻地獄を倒したアルテイシアさんは、先に脱出した筈だ。あとは、私だけ。
 強くなる地響きに、早く脱出しろと精神が訴えかける。しかし、立ち上がろうとした私の右足は膝から下が既に無い。
 大きな揺れに足を取られて転倒した直後、崩落して来た天井の巨重によって押し潰されて砕かれた。
 そのままでは生き埋めになるのを待つだけだ。地の底に封じられるよりも、一時の痛みを私は選んだ。集中もままならぬ状況だが、私は精神力を振り絞ってマジックナイフを薄く薄く作り、そして関節から下を斬り落した。
 それから這うように出口を目指していたけれど、当然ながら思うようには進めない。
 失血によって意識がブラックアウトしかけるが、その意識も強い痛みと身を揺るがす地響きによって引き戻される。
 地響きと共に、何かが崩落する音が耳に入った。私の周囲が影に包まれる──私を覆うほどの巨大な瓦礫が落ちて来ているのだろう。程なくして私は押し潰され、そして地の底に封じられる事になるのだ。
 「死」という物と縁遠い私は、命を失う危険よりも次の探索に参加出来ない事とエルタに残して来た相棒にもう逢えないだろうという事を考えていた。
 どちらも今の私にとっては大切な事。諦めきれない後悔に歯噛みをし、目を閉じる。
 だが、やがて私を襲うはずの重量は、しかし私を襲うことは無かった。
 頭にぶつかったのは小さな飛礫。目を開けると、私を取り囲むように瓦礫が重なっていた。

「危ない所だった。大事は無いか」

 何事が起こったのかと確認する間も無く、背後からの声。どうにか身を起こして背後に視線を向ける。
 くぐもったようなバリトン・ボイスの主は、全身これ金属と言わんばかりの鈍く輝く大きな弓を構えた半人半馬──伝承で語られる「ケンタウルス」のような存在だった。
 無事であると手を振ろうとしたが、意志とは裏腹に身体が動かない。血を流しすぎたという事に気付く前に私の意識は闇へと吸い込まれた。

 意識が覚醒する。固められた土に首から下を埋められているかのように身体が重い。
 上半身を起こそうという意志だけが先走り、身体はぴくりとも動かなかった。
 この症状には覚えがある。人であれば死に至る程血液を失うと、身体は一切の命令を効かなくなるのだ。
 辛うじて首から上は動くようだ。ゆっくりと瞳を開ける──ぼやけた視界に広がったのは、天井。室内である事は確かだろう。
 音は、聞こえない。良く考えると、何かに触れているという感覚も無い。斬り落した個所からの痛みも同様だ。眼以外の感覚機能が一時的に止まっている。失った血液と、同様に失った片足の再生に生命力の大半が向けられているのだろう。
 人より速いといっても、一瞬で怪我がや血液量が回復したりはしない。失った血液の量にもよるけれど、恐らく最低でも半日はこのままである事は間違い無い。
 ゆっくりと、息を吐いた。今この場で襲われたならば私は為す術も無く刻まれる事になる。何者かに襲われない事を祈りながら、再び目を閉じた。

 目を閉じてもなお感じられていた明りが、不意に遮られた。
 何者かに襲われたのならば、そのような事をする前に刃を衝き立て、もしくは身体を縛り上げるなどしているだろう。
 あるいは、既にそれをされているのかもしれない。身体の感覚は相変わらず曖昧で、そうされていたとしても自覚する事は出来なかった。
 ゆっくりと目蓋を開く。ぼやけた視界が徐々に輪郭を取り戻し、そして私の目が捉えた物は意識を失う前に表れた影だった。
 鈍色の身体を持つ、全身鎧…少なくとも、私の視界にはそう映っていた。
 彼私を覗き込んでいた。意識を確かめるかのように、ゆっくりと手を私の目の前に翳している。返事をするべく言葉を喋ろうと口を開いても、私の喉から声が出る様子は無かった。
 目を数度しばたかせ、唇を僅かに動かす事で意識の確認に応える事にした。幸いにもそれは通じたらしく、頷いて翳していた手を引き、私の視界から彼の姿は無くなった。
 気配を感じる事が出来ればそれから彼がどうしたのかくらいは解ったのだろうが、今の私にそれは無理な相談なようで、出来る事は目を閉じて身体の再生に意識を向ける事だけだった。

 次に目を開いた時には、既に辺りを照らしていた陽光は身を潜めていた。
 身体が僅かな揺れを感じている事から、感覚機能が戻ったのは確認出来た。ゆっくりと上半身を起こし、外を見る。
 輝く月と、それに照らし出された──夜の、海原。室内と海原から判断すると、今私が居るのは船の上なのだろう。
 私が意識を失った時はまだ島だった筈だ。と言う事は、誰かがここまで運んでくれたのか。途切れ途切れの記憶を掘り起こし、整理を始めた。

 砕かれ斬り落した右脚。
 失血で闇へと落ちかける意識。
 私を覆う影。

 間一髪救ってくれた、全身金属の半人半馬。

 そこに記憶が至った直後、船室の扉が開いた音で記憶の海から引きずり出された。
 振り返ると、今まさに記憶から掘り起こしたばかりの姿。目が醒めたか、とやはり意識が途切れる前に聞いた少し篭ったバリトン・ボイスで言いながら私の傍へとやってきた。
 それからの会話内容は非常に簡潔だった。私がここに居る理由、そして今の状況。それだけだ。
 曰く、意識を失った私は簡易的な止血をされ彼の背に乗せられて港へやってきた。
 そしてそのまま船に乗り出航、危険な島に残すよりはいいだろうという判断だったそうだ。
 私はそれに対してただ感謝した。実際あのまま残されていたら瓦礫の下で自然死を待つだけだった筈だ。

「明日の昼には港に着く筈だ。それまで身体を休めておいた方がいいだろう」

 そう言い残し、彼は部屋から出て行った。


 翌日。目を醒ますと、港までは間近なようだった。
 失った血液もどうやら戻り、身体の重さはなくなった。但し、斬り落した片足の再生にはまだ時間が掛かる。
 暫く不便になるだろう。港のような人が集まる場所はまずい。適当な船に乗って、途中近くにある孤島で降ろしてもらうのがいいだろうか。
 ベッドから降り、壁に手をつきながら片足でとんとんと跳ねながら船室の外へ出る。陽光が眩しい。海の様子は穏やかで、平穏というに相応しい状況だ。
 船室の壁に背を預けて座ると、話し声が聞こえて来た。私の他にも探索者が乗っているようだ。他の皆は居ないだろうか、と聞き耳を立ててみるが、どうやら居ないようだった。彼らの消息についても不明なままだ。尤も、簡単に死にはしないだろう。根拠は無いが、そう確信できた。

 程なくして、港に到着した。不便な状態だが、どうにか下船して適当な所に腰を降ろす。何か杖代わりになる物をみつけないといけないだろうか。いずれにしろ、最低限の準備は必要だろう。
 そのような事を考えていると、昨日私を助けてくれた人がやって来た。まだ礼を言っていなかった事に気付き、軽く礼を述べる。
 彼は当然の事だと言わんばかりに「目の前に大怪我を負っている者が居たなら助けるだろう。礼は必要無い」と言い、馬が座るような格好で私の隣に座った。

「傷はどうだ。痛むか」

 私はその問いに首を振る。既に再生に入っている為痛みは無い。ただ、不自由なだけだ。
 その答えに対して「そうか」と一言だけの返事。続けてその後どうするのかという問いに、私は簡潔に答えた。

「知らせが来るまでどこか孤島で生活するよ」

 何故だ、という疑問。
 私は人に追われる立場に近い、という返答。
 それはどういう事だ、という疑問。
 私は人ではなく、そして人に害する存在に分けられる、という返答。
 簡潔な一問一答だった。普通の人なら、それで納得して私に近づこうとはしない。

 しない、筈だった。

「ならば俺も行こう。大きな傷を負った貴女を一人放って置く訳にはいかない」

 予想外の言葉だった。
 私が驚き、そして慌てて「私と共に居ると貴方まで追われる可能性がある」と言っても聞きはしなかった。

「既に一度助けている相手だ。今更忌むでも無い。今の貴女は片足だが俺の脚は四つある。少々貴女の為に使うのも公平だろう」

 どうやら、私を助けてくれたこの人は普通ではない価値観の持ち主らしい。酷く西洋的な、弱者庇護の意識。
 私を目の仇にする人々とはまた違う、筋の通った──騎士、としての精神。私はそれが嫌いではなかった。

「解ったよ。じゃあ…お言葉に甘えます」

 ぺこりと頭を下げた時、私がまだ名乗ってすらいない事に気がついた。
 簡単に自己紹介、といっても名前程度。過去のどうの、という物は意味をもたないだろう。
 それに対し、彼は礼節を持って答えてくれた。

「俺の名はケイロン。マシーネン・ケンタウル『ケイロン』だ」

こうして、私は次の探索の知らせがあるまで──そもそも、そのようなものがあるかどうかは怪しいが──恩人であるケイロンさんと過ごす事になったのだった。


to be continued -第二期探索手記-
posted by Altair at 16:31| Comment(0) | Intermission
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