2007年02月18日

探索記録 -決戦前夜-


 やや風化した冷たい床を、湿った風が吹き抜けた。床を侵す水溜まり──その大きさは最早水場と言った方が正しいかもしれない──に波紋が広がる。
 風は石壁に打ちつけられて砕け、さざめいた水も落ち着きを取り戻して静寂が訪れた。
 しかし、そうして訪れた静寂も薪が爆ぜる音に再び破られる。水場からやや離れた場所に、三つの焚き火が見受けられた。
 焚き火の数は即ち遺跡探索パーティの数で、つまりこの場には三つのパーティが居るという事になる。
 探索者のパーティは全てが友好的という訳ではない。さりとて、全てが他パーティの邪魔をする訳でもない。
 ここにある三つのパーティは、互いの邪魔をしない距離にそれぞれ陣取って焚き火を囲んでいた。
 この場に居る者達は、皆一様に同一の試練を受ける事となっていた。
 紅翼の魔獣と魔獣遣い。彼らに勝たなくては、この場を通してはくれないのだ。

 三つの中に一際大きな焚き火がある。その炎の周囲には九人の人影。互いを絆で結びつける為だろう。彼らは「鎖」を集団の呼び名としている。

 ──Triad Chain。絡み合う三本の鎖。

 彼らは焚き火を取り囲みながら、ある者は武器の手入れを、またある者は戦闘を通じて得た使役動物の世話をしながら、めいめいがめいめいの方法で決戦の前夜を過ごしていた。
 その中で、何をするでもなくただ炎を見つめている女──セレナ。彼女は既に30分以上、ただただじっとそうしていた。
 そのセレナの肩を、ぽんと叩く男。セレナと同じ「小隊」の弓師で楽師のアーヴィンだ。
 喉を傷めぬよう薬湯を作って飲んでいた彼は、他者に目を向ける余裕があったのだろう。
 ただじっと炎を見つめ続けるセレナに気付き、そして声を掛けたのだった。

「嬢ちゃん、難しい顔してどないしたん」
「…ん、アーヴィンさんか。どうもしないよ?」

 炎から視線を外さずに応える。その声には普段の明るさは無く、戦闘前の緊張したそれに近かった。

「どうもせんこたぁないやろ。そんなに緊張しよって」
「…緊張してるように見える?」
「ああ、見えるなあ。普段の嬢ちゃんやったらもうちょい楽しそうにしとるで」
「…そっか。楽しそうじゃないか、私」
「ああ、楽しそうやないな。俺にはそう見える」

 セレナはふうと息を吐き、向き直った。炎に照らされているせいか、淡い金髪は赤味を帯び、また瞳の紅も深くなっているようだった。
 どかりと遠慮する事も無くアーヴィンは腰を下ろし、薬湯の入ったコッフェルを差し出した。
 魔法を扱うにも集中せなあかんやろ。この薬湯は集中力を高めて余計な力を抜いてくれる。
 そう言って自らもコッフェルに口をつけ、「マズいのが難点やけどな」と苦笑いをし、セレナもまた一口啜って「確かにあまり美味しくないね」と笑った。

「早速効果が出てきたようやな」
「効果が?」
「ああ。今笑ったやろ?笑うって事は、余裕が出来たって事や」
「…ああ、そういえばそうかも」
「な?」
「うん…確かに。少し肩が軽くなった」

 肩をぐるぐると回し、首をこきりと鳴らす。
 それを見ながらアーヴィンは言葉を続けた。

「緊張する気持ちは解るけどな、緊張のしすぎはあかん。…おかんの受け売りやけどな」
「ん…解ってる。解ってるんだけどね──」

 ふう、と一息ついて再び視線を炎に向け、薬湯を一口啜った。
 暖かな薬湯が冷たいセレナの身体に熱を与え、緊張を僅かづつだが解していく。
 再び一口啜り、セレナが言った

「──作戦は立てた。アルテイシアさんもアーヴィンさんも賛同してくれた。細かな調整も終わってる」
「そうやな」
「でもね。でも…どこか。どこかが引っ掛かるんだ」
「何が引っ掛かるん」
「解らない。大事な戦いの前は…いつも、こんな風にどこかにとげが刺さったような不安が残るんだよ」
「不安、なあ」

 なんやよう解らんが、と言ってアーヴィンは立ち上がり、伸びをした。
 そしてセレナに向き直り、にやりと笑って、

「そんな不安なんぞ、俺の歌で吹き飛ばしたるわ」
「歌で?」
「ああ、景気付けって奴やな」
「景気付け、か…そうだね、一曲お願いしようかな」
「ようし、そうと決まりゃあ──」

 アーヴィンはその場から数歩移動し、一段高くなった瓦礫に立って声を張り上げた。

「──おうい、一曲演るで!お前等、俺の歌を聞けやぁッ!!」

 決戦前夜のキャンプは、歌を響かせながら更けてゆく。
 夜が明けた後、彼らは再び戦いの中に身を置く事になる。
 探索を開始して一番初めの「関門」。越えられなければ数日が無駄となるだろう。
 翌夜に挙げられるのは勝利の杯か、あるいは───
posted by Altair at 09:57| Comment(0) | 探索記録
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