2009年04月15日

偽島if〜現代編〜

霜村セレナの日記・○月×日


 相変わらず、刺激の無い毎日。
 学校はつまらないし、授業はタイクツだし、教師の説教も聞き飽きた。
 こんなトコさっさと辞めたいけど、辞めたら辞めたで後が面倒。
 世の中の学生の大半は、あたしと同じく嫌々流されて学校に通っている。きっと。

 でも、そんな場所でも多少は良い事もある。
 付き合いの長い友達は学校で見つけたし、バアちゃん譲りのこの髪(バアちゃんの娘である母さんは、フツーの黒髪なんだけど……カクセーイデンってやつ?)のお陰で男もそれなりに寄ってくるし。
 金髪ってだけであたしの中身を見ないヤツばっかりだけど、ちやほやされるのは悪い気分じゃない。
 それが面白くないんだろうね。あたしに喧嘩を売る馬鹿も居る。
 そんな馬鹿には構わないようにしてるけど、あまりしつこいとさすがのあたしもキレるわけで。
 そして待っているのは教師の説教。あたしの言葉なんて聞きやしない。イライラする。

 で、イライラした時のストレス解消っていうんじゃないけど、友達の何人かを誘って路上で歌ったりしてる。
 モチロン、制服姿なんかじゃない。
 当たり前だよね。制服姿で歌うのなんて、教科書に載ってるようなオギョーギのいい歌だけ。
 あたし達が歌ってるのはそんなものとは違う。もっと、心の奥底から搾り出すような、命を張った叫び。
 親みたいなトシのオジサンやオバサンは、あたし達を見て眉間にシワを寄せるけど、もうちょっと若い、兄貴や姉貴って呼べそうな人たちは時々あたし達の歌を聞いてくれる。

 今日もそうやって歌ってたんだけど、いつもとはちょっと違った。
 いかにもアヤシいおっさんが、あたし達の方に来て、「写真を撮らせてくれ」だって。
 ナントカっていう雑誌の編集者だ、って名刺をあたし達に寄越して、特集を組むためのスナップ写真が欲しいとかなんとか。
 初めはなんか変な写真でも撮られるんじゃないかって思ったけど(当然だよね。路地裏でとか言ってるんだから)、ショーコ見せてって言ったらこの人が関わってるらしい雑誌を見せてくれた。
 ちょっとワルっぽい子たちが載ってる雑誌。写真のページにあたし達も載るみたい。
 友達はヤバそうだよって言ってたけど、あたしはなんだか面白そうだったのでOKした。
 撮影中も変なコトはされなかったし、なによりカッコイイ文章付けてくれるっていうし!

 いつもと同じつまらない日だったけど、一つだけ面白い事があった。
 だから、今日はきっといい日。あたしはそう思う。
 雑誌の発売、楽しみだな。

********


「──ちょっとアセレス。あんたなに人の日記勝手に読んでるのさ」
「素行不良の姉を理解する為に決まっているだろう。別段恥ずかしい事を書いている訳でもあるまい?それとも何かな、我が愛しの姉上はとても人には言えない様な体験談をここに記しているとでも?」
「そういう問題じゃない。人の日記を見るなんてあんた、いくら妹でも許さないよ」
「おお、怖い怖い。では我が姉が怒りの雷を落とす前に私は退散するとしよう」


 読んでいた日記帳──ミッフィーと言ったか。×字口のうさぎが表紙のものだ。彼女はあのうさぎを「粉雪」と呼んでいたが──を閉じ、元あった引き出しへと仕舞い込む。
 明日ハーゲンダッツおごりだからね!という姉の言葉をはいはいワロスワロスと流しつつ、引き出しを施錠した。
 この位の鍵はおもちゃみたいなものだ。多少指先が器用なら簡単に開閉できてしまう。
 姉は毎度毎度「鍵開けてまで日記読むなんて悪趣味」と言うが、私からすればこの程度の鍵に頼っている姉が間抜けなのだ。
 本当に読まれたくないのなら常時持ち歩くか、もしくはもっと強固な鍵のついた簡易金庫にでも仕舞うべきだ。
 そう言い返すたびに姉は口篭り、ぶつぶつと何かを言いながら視線を逸らす。

 本来彼女は頭の出来は悪くはない。
 回転は速く、賢い部類に入るだろう。しかし、私との戯れ──口論と言うには程度が低い。姉も理解しているだろう──に於いて彼女はその頭の良さは活かされる事は無く、常に私が優位に立っている。
 彼女は基本的に私に甘い。先の日記の件についても今日に始まった事ではなく、過去数度・数十度と繰り返されている。
 最早この世には居ない両親に代わり、補導された彼女を引き取りに行くことが多いせいか、とも思うが真相は彼女だけが知っている。

 姉・セレナが補導された時は、必ずと言っていい程特定の警察関係者から私の携帯電話に連絡が来る。
 確か警部補という位だったか。北落合と名乗る、如何にも仕事の出来そうな女刑事だ。
 未成年の補導という仕事はその守備範囲ではない筈だが、しかし、何故か決まって彼女から知らせが来るのだ。
 姉と警部補に何らかの関係があるとも思えないが、それでも彼女を通すのは、何らかの配慮による物なのだろう。
 遠からずまた姉は彼女の世話になる筈だ。その時は菓子折りの一つでも持っていくべきだろうか。甘いものを好むようには見えないが、実はという事もある。


 姉が放課後に歌っている場所は決まっている。
 人通りが程々あり、しかし決して表通りとは言えない通りにある、けれど広場と呼んで差し支えの無い広さを持つ場所。
 少し歩くと、地元では価格の安さと質の良さでそれなりに有名なスーパー「地底湖」があり、夕刻ともなるとそこの買い物袋を提げて歩く者も多く通る。
 学生、主婦、子供達。それぞれに思いを馳せながら歩き、駆け、座り、思慮に耽り……それぞれの時間を過ごす場所。
 そこで姉は歌っている。ギターを手に、彼女の鬱屈、不安、もどかしさを歌声という名の叫びと変えて。
 良識のある大人たちは、彼女を見て時にあからさまな嫌悪の表情を浮かべ、時に生暖かい視線を向け。
 私たちと同世代の学生達は、女子は無関心という風情で、男子は彼女の少々過激な格好に好奇心を擽られ。
 私達より少し上の者達は、過去を懐かしむかのように。
 それぞれがそれぞれの感情で、彼女の歌に足を止める。

 何を隠そう、私もその場には居た。
 姉がなにやら怪しげな男に話しかけられていたのも知っている。
 通りがかりの父娘──父親の方はその筋の人のように見えたが、娘の表情や雰囲気から察するに堅気だろう──が、姉を見て「ねえねえお父さん、あの人なにやってるの?」「しっ、見ちゃいけません!」的会話をしているように見受けられたのも知っている。
 コミックスが入っていると思しき半透明の大きな袋を手にした灰髪の大きな男性が、実にいい笑顔で、姉の歌など耳に入らないという様子で歩いて行ったのも知っている。
 私達より少し下の年代の少女が、様々なものをその目に映しながら、流れゆく時と喧騒をゆるりと受け流しつつ、自らと対話するかのようにゆっくりとした歩調で歩いていたのも知っている。

 ならば、何故姉の日記を読む必要があるのか。
 半分は趣味、もう半分は姉への不安からだ。
 彼女の日々への不安は、良く回る頭がその年代では考えなくても良いような事まで考えさせてしまう所から来ているのだろう。
 得てして、そういう者は男女問わず路を踏み外す。火遊びで済む場合もあれば、大火傷を負い一生大きな傷を抱える場合もある。
 私が彼女の日記を読むのは、火遊びで留める為だ。
 両親は既に居ない。祖母の家に厄介になってはいるが、それなりの年齢の祖母に不要な心配を掛けるべきじゃあない。
 彼女の手綱を取るのは、彼女の伴侶が現れるまでは私でなければいけない。そう思う。

 だから、私は彼女の日記を読む。
 彼女が怒り、拗ね、ハーゲンダッツを奢れと言ったとしても。


 尤も、流石にパイント全種は予算の都合で勘弁願いたい所だが。
posted by Altair at 15:21| Comment(0) | Intermission
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